歴史的偉人に学ぶ経営学:吉田松陰編

1830~1859年(享年29歳)

長州藩士、思想家、教育者、兵学者であり、松下村塾の主催者として知られる。明治維新の精神的指導者・理論家の一人。



わずか1年あまりの活動だった松下村塾から、明治維新を成し遂げた高杉晋作、伊藤博文などの人材を数多く輩出した吉田松陰。その秘訣は、「良いところを見抜き、認め、伸ばす」承認力、そして、覚悟と行動力だと察します。

承認で基本となるのは“存在承認”。見守る、声をかける、名前を呼ぶことなどがこれにあたります。居場所がある、ここでチャレンジしていいんだと感じられると、人は力を引き出されます。厳しくても温かいリーダーの目に、部下は、安心してチャレンジできる見守られた職場だと感じます。これを“安全空間”と呼びます。

松陰は、欠点を指摘するときでも、まず塾生の優れた点を必ずいくつもあげ、心から褒めました。「人は、頭が良かったり悪かったり、すばしこかったりのろまだったり、人それぞれだが、この世にむだな人間はいない。みんな、一つや二つ、優れた能力を持っている」と言い、塾生それぞれの個性、才能を見極め、その人に、もっともふさわしい教育をしました。これにより塾生は、自信とやる気を持つことができたのです。

松陰のように、まずは観察して良い点を見出し、努力を認めた後に「ここはもう少し改善」と続ける〝順番〟が大事です(Yes, But方式)。否定から入り、「まったくだめだ」と言われた瞬間に、人は殻に閉じこもります。後から「ここは良いけど」と伝えても、相手に言葉は届きません。一度受け止める、または否定する順番が違うというだけで受け取り方は大きく変わるのです。

良いところを見抜くポイントは、「肯定語を使い、肯定的に解釈する」こと。リーダーの考え方や言葉次第で、組織は元気になります。「コップに半分も水がある」と「半分しか水がない」では心の動きが違います。同じ考えに対しても「くだらない」ではなく「面白い」という視点や言葉を持つことによって心も豊かになり、部下も変わります。

人は誰しも、創意工夫し努力したところを見てほしいという欲求があります。これを〝成長承認〟と呼びます。これには、一人ひとりをよく観察する必要があります。松陰は、弟子や同僚の良いところを見出し、誰でも好きになれる心の大きさ、度量を持っていました。人を一面で判断せず、良いところを見つけだせば必ず好きになれるし、そこを伸ばせば生きる意味(実存)を見出せるということをつかんでいたのです。

松陰は、下級武士の伊藤博文に「お前は周旋(紛争処理、交渉)の才能がある」と言ったとされています。自分の主張を通すことの難しい身分制度の下で同じ塾生である上級武士たちへの、交渉力や説得力を見抜いたのでしょう。現在では、派遣の方たちを職場のビジョンを作る会議などに参画してもらう取り組みが職場のパフォーマンスにつながっています。

松陰の魅力は、情熱的な語り口、勇気づける文章、否定しない言動、そして行動力です。松陰は、「西洋に対抗するには西洋から学ぶしかない」と考え、ペリー艦隊に乗り込んで密航しようとしました。ペリーは、条約調印の前であり、いま密航を許すと調印に支障をきたすと丁重に断ります。『ペリー艦隊日本遠征記』※でペリーは、「この事件は、同国の厳重な法律を破らんとし、また知識を増やすために生命をさえ賭そうとした二人の教養ある日本人のはげしい知識欲をしめすもので、興味深いことであった。......この二人をみれば、日本の前途は何と有望であることか」と記しています。思っていることが大切なのではなく、行ってこそ意味があるという「知行合一(ちこうごういつ)」に基づくその覚悟と行動力は、将来の弟子たちを惹きつけました。「その人の持つパワーを存分に認め、引き出す心がけ」そして「リーダーとしての覚悟と行動力」は時代を超えて学べる点だと思います。

※参考資料:福川祐司「吉田松陰―松下村塾の指導者』(講談社)、ペリー監修『ペリー艦隊日本遠征記』(万来舎)

※※ワールドジョイントクラブ誌、Vol.57、2010年11月23日号寄稿分

跡見学園女子大学・佐藤研究室(リーダーシップ・モチベーション論、経営心理学)