歴史的偉人に学ぶ経営学:ビクトール・フランクル編

1905~1997年(享年92歳)

精神科医・心理学者。生きる”意味”を問うカウンセリング”ロゴセラピー”の創始者。第二次世界大戦中、単身での米国亡命を良しとせず、父母とオーストリアに残りナチスの強制収容所に送られた。この体験を元に著した『夜と霧』は日本語など17カ国語に翻訳され、60年以上読み継がれている。



現代人に潜む実存的空虚。それは「何不自由ない生活だが、何か満たされない、生き甲斐を感じられない心の状態」を指します。うつ病も無縁ではありません。ユダヤ人精神科医のビクトール・フランクルは、その原因に「人に役立ち喜ばれる意味や喜びの欠如」を求めました。解決には意味実現(※)を説いています。意味実現とは与えられた使命に意味を見出し実現すること。すなわち「人は、人生から生きる意味を問われ続け、人の役に立てる喜びを見出すようにプログラムされている」と彼は言います。彼がナチスのユダヤ人迫害によって収監された強制収容所で生き延びる意味は、当時の体験を綴った著書『夜と霧』などを世に問うこと、そして囚人の相談に乗り生きる意味を見出す手助けをすることでした。彼はそのような実存的空虚と戦うため、3つの意味実現に言及しています。

第一は創造価値。活動し創造する価値。他者によりなされるのを待っている仕事、創造されるのを待っている芸術作品などに自ら取り組むことが創造価値の実現につながります。

第二は体験価値。何かを体験することによる価値。自然や芸術、人を愛し、奉仕する体験などにより得られる価値です。美しい夕日を見て、コンサートを聴いた際、彼は「この瞬間のためにだけ生まれてきたのだとしても、それでも私はかまいません」と言ったほどでした。

第三は態度価値。例えば強制収容所に囚われる、病や天災など、自分自身ではどうしようもない状況や運命に直面したとき、その窮状に対する態度のことです。彼は「この態度価値が存在することが、人生が意味を持つことを決してやめない理由である」と言います。逃げられない事実に対して、どんな態度をとるかが生きる意味を見出すことにつながります。人生は死の瞬間にまで意味がある。息を引き取る間際まで「なされるべきこと」「実現されるべき意味」がある。そのときまで一人ひとりに生きる意味は絶えず送られ、その人に発見されるのを待っているのです。

強制収容所では創造価値も体験価値も奪われますが、態度価値、心の自由だけは奪えません。目の前のパンを得るのに汲々とする人。一方、周りの人への思いやりの気持ちを最後まで失わない人も多くいました。遠い家族、残された教え子に会う、事実を著作で伝えるなど、生きる意味を見出した人たち。その多くが生き残ったといいます。

「同じ状況に直面して、ある人間はそれこそ豚のようになったのに対して、ほかの人間はそこの生活において反対に聖者のようになった。......収容所のバラックを通り、点呼場を横切り、こちらでは優しい言葉を、あちらでは一片のパンを与えていた人々がいた」

彼の魅力は極限的な体験のなかでも「それでも人生にイエスと言う」態度を貫き、その意義を世界中の人々に伝えたことです。著書、講演、臨床的取り組みによって多くの人命と心を救い、晩年までその前向きな生きざまで影響を与えました。そのユーモアとウィットを愛する快活な人柄が愛され、また彼のメッセージは人間への尊敬と温かさにあふれたのです。

組織のサスティナブルな強さは、一人ひとりが組織のビジョンに対して意味実現しやりたいこと、強みを見出し、自己実現をすること。「意味×自己」実現のシナリオを描き実行することです。つまり、リーダーの役割は人の役に立つ喜び、意味実現を実感できる組織をつくること。そのためメンバーに組織目標を共有し、それぞれのやりたいことや強みをすり合わせていく必要があるのです。

事業を起こし人を育てた上杉鷹山公、国のあり方に命をかけた吉田松陰、教義を実生活のなかで説いた蓮如は、組織のなかで「人生が問いかけてきたビジョンに意味を見出す」意味実現で多くの人を導いた好例だと言えます。

※“意味実現”はマズローの“自己実現”と対をなす考え方。“自己実現”は、飾らない、自分らしさ、本当の自分やストライクゾーン“やりたいこと、強み”を見出し実現すること。

出典:『夜と霧』『それでも人生にイエスと言う』

※※ワールドジョイントクラブ誌、Vol.66,2011年7月20日号寄稿分

跡見学園女子大学・佐藤研究室(リーダーシップ・モチベーション論、経営心理学)