損失と利益の心理的バランス

●損失回避性

損失感と利益感が等しくなる倍率は下記出典『ファスト&スロー』によると1.5倍~2.5倍とされます。つまり損失の方が重く感じられ、避けたい度合いも大きいということです。これを損失回避性と言います。

2.5倍とは、100万円失う損失感と250万円得る利益感が同程度ということです。

1回の賭けで5割の確率で250万円得られ、5割の確率で100万円失うとするという賭けが成立するということです。

交渉学に応用すると、この提案は相手にとって1の利益になるというのではなく、1の損失を避けることができる、と交渉した方が効果があるとの戦術が成り立つわけです。

ただし、病気と健康で比較すると∞あると考えられます。病気や怪我をして初めて苦痛を感じますが、健康時は当たり前と感じられ利益感覚ゼロだからです。有限÷0=∞です。

当たり前である健康を維持する価値は、失うことを想定すると無限の価値があるのです。


●プロスペクト理論

損失回避性のもとになるのがプロスペクト理論です。

リスクの方がリターンよりも心理的に大きいという理論です。人間の心理曲線がプラスに鈍く、マイナスに鋭いというものです。マイナスの行為の代償は大きい、プラスの行為は中々認められない、ということです。100万円得られるより100万円失うほうがダメージが大きい、得たものより失ったものの方が心理的に大きいのです。下記出典によると進化の歴史から「好機よりも脅威に対してすばやく対応する生命体のほうが、生存や再生産の可能性が高まるからだ」としています。

信用を得るには時間がかかるが、失う時は一瞬。

健康は当たり前で維持するのは大変だが、失う時は一瞬。

保険料は長期で積立てて、一瞬の事故をカバー。

ハラスメント行為、心無い一言、カッとなっての行為、犯罪行為、不倫などの代償は無限大です。芸能人が一つの行為で芸能生命を失います。痴漢行為で人生を棒に振ります。


出典:

Kahneman, Daniel, and Amos Tversky (1979) “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk”, Econometrica, XLVII (1979), 263-291

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』村井章子訳、早川書房、2012

跡見学園女子大学・佐藤研究室(リーダーシップ・モチベーション論、経営心理学)